MAZIMANZI’s blog

剤の味は罪の味

†神豚頂教デブラヤーナ† 2店目 前編

ここは、とある街に存在するデブラ屋。

今日も今日とて、新たな客が迷い込む...

 


「ほぅ... 立地はまぁまぁ、といったところと言えましょうか。と、とはいえですね!ラーメン屋というのはまず立地でその価値を大きく変動させるわけでありまして...」

 

偉そうに1人、虚空に向かってブツブツと講釈を垂れるのは、ラーメンブロガーの武比絞男(ぶひ しぼお) である。髪はてかてかと脂ぎり、ところどころウェットなフケがギュチィィッと湿り気を帯びて付着している。

ずんぐりむっくりの肥満気味な寸胴体型に、覇気のない中学生のような顔。おまけに猫背が、もともと低い身長をさらに低く見せ、彼のうだつの上がらない風貌に拍車をかけている。

 

服は何日間洗っていないのだろうか。さながら小学生がランドセルの奥底に仕舞い込んだまま忘却されたプリント並にシワシワである。

 

そんな彼が、もはや小声とは呼べないほどの声量でうわ言のように何かをぶつぶつと呟いていたところで、決して浮くことなどない。

 

その証拠に、彼が列の最後尾に加わったところで、誰も彼の様子など気にも留めない。

 

彼らは皆挑戦者。己を究め、豚と対峙しにきたのだ。故に、奇天烈な男が1人紛れ込んだとて、何の問題があろうか。

 

「ま、ま、全くですねぇ、貴重な、神にも等しいお客様である私たちをこんなに乱雑に並ばせているなんて、て、店主は何を考えているんでしょうかぜひ小1時間詰問したいところですねぇ... フヒッw!」

 

俯いたままボソボソと呟いていると、いよいよ彼の入店の番がやってきた。

店に並んでいた人数を鑑みると、随分と早く順番が回ってきた。

彼が店内に足を踏み入れた刹那、強烈という言葉では片付けられないほどの悪臭が鼻をついた。

もしニンニク人間というものがこの世に存在するのなら、それが孤独死した現場の匂いはこうなるのであろうか。そんな匂いである。

厨房の奥には、まるで屠殺場のように巨大な豚の骸が皮を剥がれて吊るされていた。

驚く間も無く、彼の足元を全長30cmはあろうかという、巨大なムカデが走り抜けた。

常連にとっては安心感のあるお出迎えだが、彼にとっては無礼な洗礼にうつったらしい。

嗚呼、文化の違いが起こす哀しきすれ違いかな。

「う、うわ、とても汚いですねぇ!一体こんな店に、まともな料理を提供するという、おもてなしをするという気概が感じられますでしょうか。これは流石の小生と雖も看過できないといいますか。この実情を暴露したらきっと全国600万の同志た...」

瞬間、彼は開いた口が塞がらなかった。

まぁ、物理的にも塞がらなかったのだが。

「...囀るな」

口蓋を物騒で刺々しいマスクで覆った常連の男が、箸を絞男の口に突っ込んで、低い声で威嚇した。

困惑で見開かれた彼の目には、常連の男ではなく店主の大男。身長は目測でも2mは超えているであろう。その上、プロレスラーかと見紛うほどの体格。

全身が毛むくじゃらで、肩まで無造作に伸びた髪に隠された顔からは、ギョロリと隻眼が覗いていた。

だが、絞男の視線はすぐに店主の隣の男に注がれることになった。

その男は店主とは対照的に、燕尾服に身を包んだすらりとした細身で、頭髪はジェルでオールバックに固められていた。その右手には銀色のタクトが握られており、蛍光灯の光を浴びて妖しい輝きを放っていた。

そう。かねてより客の回転率が悪いことに悩んでいた店主が、卓越した技能を持つ指揮者である彼を音楽の都、ウィーンより招聘していたのだ。

オーケストラの会場から突然紛れ込んできたかのようなその風貌は、小汚いを超えて穢らわしい店内とは似ても似つかない様子であった。まるで合成写真かのような違和感にも関わらず、客たちは皆誰もその男の存在を気にも留めない。

彼がタクトを妖艶に一振りするや否や、卓に座っている常連たちが一斉に麺を啜り始めた。

ジュルルルッ! ギュパッ! ズベチョア!!

彼らが麺を啜る音のシンフォニーが、狭い店内に汚らしく木霊する。

シュッ!

指揮者風の男がタクトを頭上で止めると、今度は卓の右半分に座っている男たちが麺を啜るのをピタッとやめた。

その様子に呆気に取られていた絞男は、もうとっくに常連の男からの拘束はとけているにも関わらず呆然と立ち尽くしていた。食券販売機の前で。

「な、な、一体なんなんですかねぇこれ!流石に常識というものを知らなくはありませんか、先ほどのあなた!」

常連の男に対し愚痴をぶつぶつと吐き出しているその時、指揮者風の男が彼の方を一瞥した。

ナイフのような鋭い切長の目が、愚鈍なる新参客たる彼に突き刺さる。

「プレスティッシモ。速くしろ。私は乱れたロットと、美しくないものを見ると虫酸が走る。」

指揮者風の男から、冷酷な一言が放たれる。それを受けてもなおあたふたとしている絞男に、後ろで並んでいた客がついに痺れを切らして肘打ちをする。

「し、失礼ですねぇ!なんなんですかあなたは!」

「馬鹿野郎、食券を買え、はやく!」

ようやく事を飲み込んだ絞男は、パニックに陥り咄嗟に、”大ラーメン”と書かれたボタンを押してしまった。

それと同時に、逃げ込むように開いた席へと滑り込む。そのテーブルはあまりにもヌルヌルだったので、すかさず絞男は雑巾で卓上を拭こうとした... のだが、卓上に置かれている雑巾もまた、油と一体化している有様であったため、またぶつぶつと何かを唱え始めた。

「リテヌート。黙れ。」

指揮者風の男にまたもや制された彼は、未練タラタラと言った様子で食券をカウンターにあげる。

「アッチェレランド」

「リタルダント」

「ヴィヴァーチェ

指揮者風の男が次々に指揮を出し、タクトを捌く。その度に男たちは箸を止めたり、かと思えば何かに急かされているかのように麺を掻き込み始めたりを繰り返す。

そうして3分も経たずに、彼以外の全員の客が一斉に食べ終わり、一斉に席を立って退店した。

なんというロット捌きであろうか。

そして、店主の男は全長1mはゆうにあろうかという巨大な中華包丁を使い、ひたすらに黙々と忍辱や豚を刻んでいる。

そして店主の男は、いまだにブツクサと何かを呟き続ける絞男に話しかけた。

それは低く、しわがれた、地獄の底から響き渡るような声だった。

「...忍辱は。」